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大村市長・松本崇(たかし)氏が詐欺師の石橋昭と利権に絡む案件を餌に暴力団から500万円を借用していた事実を日刊セイケイで公開してから多くの大村市民の皆さんに激励やら感謝の電話を頂いている。

私は松本崇(たかし)氏が4年前の公約通り今期で引退していたら今回の事件は不問に付すつもりでいた。
如何せん暴力団会長から500万円を借用するような人物に市長の資格は勿論、選挙に出馬する資格はない。
 恥を知らないということは怖い、今日も松本たかし後援会の人物から嫌がらせの電話が入っている。
朝は私も忙しい、名前も名乗らないような人物の電話に出るほど暇でもないが、大村局(0957)だったので出たら松本後援会と思われる怪しい人物だった。
私が『人に電話するなら名前ぐらい名乗りなさん』と諭してやると【大石です】と自信な下げに言う『下の名前は?』というと【みつお】『住所は?』【古町】と答えたから暇があったら会いに行って松本崇(たかし)氏の真実を教えてやろうと思っている。

(お願い)
大石みつお(0957-53-4276)を知ってる人がいましたらご日刊セイケイ・中山洋二まで連絡ください。

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毎度お騒がせ致しております。

今回、私が大村市内に配布した新聞の影響が大きいようだ。
新聞に記している電話に毎日のように激励やら嫌がらせの電話が頻繁に入って来る。中には脅迫のような電話も沢山ある。松本市長周辺は名誉棄損や選挙妨害で 告訴すると息巻いているそうだが、望むところである。私は当事者である。こちらには物的証拠も存在するし、証言者なら何人もいる。やれるもんならやってみ な。暴力団の会長から利権を餌に金品を借用する松本崇(大村市長)のどこに名誉があるんだ。ふざけるなと言いたい。それに選挙妨害云々、私は松本崇(大村 市長)には市長の資格はないと言ってるんだ。選挙に出る資格がないと言ってるんだ。

勘違いしないでほしい。そりゃあ法治国家に住む国民として破廉恥にも松 本氏が市長選に9月28日の告示日に選管に立候補の届け出を出したら、選挙が終わるまでは静観するし、あとは大村市の有権者の判断である。

尚、名前も名乗らないで電話してきた危険な人物の電話番号を下に記しますので心当たりのある方の協力をお願いし
ます。
0957-53-6715
0957-53-1369

また、励ましの電話をして頂いた心ある大村市民の皆さんに改めて御礼を申し上げます。

0922_01.jpgのサムネイル画像毎度お騒がせ致しております。m(_ _)m

私は長崎県大村市長の松本崇の多選(20年)を『弊害の総合デパート』と批判してきた。


そして松本市長の嫁(マツモトフミコ)さんの行状を『ふりむけばマツモトフミコ』のシリーズで第6弾まで書いてきた。改めて掲載するが『マツモト フミコ 様』は東京行きの日程及びホテル代・航空代の見積り書を旅行代理店の㈱日生ツーリスト(本社営業所・長崎県大村市東三城7-4)に指示して松本家には請求 させないで、大村市役所 秘書課に請求させていた。こんなものは多選弊害のほんの一部である。

最近、大村市内に所用で行く機会があって国道を車で走っていると派手な大きな選挙事務所が目に付いた。地元の人に聞いたら、あの『大村市長・松本崇』の事 務所だと知った。暴力団の会長から500万円を借用していた事実を暴露されても平気で市長選に立候補する厚顔な人物である。
暴力団に金を借り、谷川弥一等の権力者に媚び諂い、車椅子で市民の同情を買い、大村市民を永年にわたって騙してきた男の事務所だと聞いて、反吐がでるよう な不快感を感じた。そして『大村市長・松本崇』の真実を知らない大村市民が気の毒に思えてきた。そこで私は今まで私がブログ
日刊セイケイ掲載してきた『大村市長・松本崇』と暴力団
会長との500万借用事件の顛末と松本崇の周辺者で許せない市議(約2名)の行状を認めて民営化した郵便局の協力を得て大村市全世帯・35、276戸に日刊セイケイを配布した。

平成26年9月19日(金)、配布が始まると同時に新聞に記している電話(070-5277ー2587)に励ましや問い合わせの電話が殺到した。
一番多かったのが『松本市長がこんな人物だったとは知らなかった、こんな重大なことを知らせてくれた貴方に感謝する、そしてその勇気に感動した』という励ましの電話に
私の方が感動した。思い切って配布して良かったとつくづく感じた。

そして予想してたことだが、配布早々に松本一派と思われる怪しい人物等から抗議や嫌がらせの電話が掛かってきた。
中には身体の危険さえ感じさせるような悪質な内容の電話もあった。

中には『松本市長の選挙妨害をするな!』と凄い剣幕で電話してきた松本支持者と思われる年配の方がいたが、私が今回大村市に配布した日刊セイケイは選挙を 妨害するためのものではない。私は『大村市長・松本崇』と大村市民に『大村市長・松本崇』は市長選に出る資格がないと公言してるんである。最近、沖縄県で 暴力団会長とゴルフに行ったとして沖縄県警に一般人が逮捕された事件があった。
数年前、大村市でも暴力団会長と建設関係者がゴルフをしたとして長崎県警に指摘され、半年間の銀行取引停止、公共工事の6ケ月間の指名停止処分も記憶に新しい。
だったら現役の暴力団会長から500万円を借りて借用書まで書いてた『大村市長・松本崇』は即辞任、市長選挙に出馬するなんて長崎県警ばかりか大村市民を愚弄する蛮行である。

尚、名前も名乗らないで電話してきた危険な人物の電話番号を下に記しますので心当たりのある方の協力をお願いし
ます。
0957-53-6715
0957-53-1369

また、励ましの電話をして頂いた心ある大村市民の皆さんに改めて御礼を申し上げます。

遠藤さんは私に今回のSGレースは全国で100億以上の売り上げも予想されている。

だから今回のSGレースを潰すわけにはいかん。SGレースの成功するか失敗するかに今後の大村ボートの再建がかかっている。何とかしてくれんね。と言ってきたのです。そこで私が団体のトップに連絡を入れ、事情を聞くと、彼等の言い分は言い分で筋の通る話のようだったので、私は、『ここは当事者同士で直接話してみてくれんか、ひょっとすれば誤解もあるかもしれんし、一度、当事者同士で電話でいいから話してみてくれ』と助言しました。すると遠藤局長は『すぐに自分に電話するように手配してくれ』と頼んできたのです。遠藤さんらしく『直接、熱意で話せばどんな相手でも分かってくれるだろう。』という前向きな姿勢でした。

私は団体代表に大村ボートの電話番号を教え『電話でいいから遠藤局長の言い分を一度聞いてくれないか、遠藤さんとは古い付き合いなので宜しく頼む、と言ったのです。』そして、15分ぐらいして団体のトップから連絡があり、『今回は遠藤さんと、中山さんの顔ば立ててSGレースが成功するように邪魔しないよう、協力するよ』と連絡してきたのです。 

その後、遠藤さんからも連絡があり、『また中山さんに借りんできたね。何か考えんばいかんね。』と再び約束してくれたのです。 

 

その3ヶ月後の秋、遠藤謙二氏は体調不良を感じ、長崎大学病院に検査入院したのです。そして私は12月1日に長崎県警に想定外に逮捕されたのです。その後、私は2ヶ月ほど拘留され、今年、1月27日に保釈されて社会復帰しました。ただ病に倒れた遠藤謙二の復帰は叶いませんでした。最後の最後まで大村ボートを愛し、大村ボートを心配をして遠藤謙二は逝去ったのです。まさにそれは壮烈な殉職でした。さぞや無念だったことでしょう。私は遠藤謙二の無念な思いを同じ男として十分に理解できます。私は喜んだ時の遠藤局長の笑顔が忘れられません。こうして遠藤謙二の私との二つの約束は遺言になりました。遠藤謙二が安らかに眠り、成仏することを心からお祈り申し上げます。 

合掌 

平瀬町長は『私も遠藤さんの人柄には好感を持ってるし熱意には感心している』。と言ってくれたのです。 

そして平瀬町長は『私は明日午後、長崎に帰るので、遠藤さんに明日の午後5時頃、役場に来るように言ってくれないか』と町長は意を含んで私に言ったのです。私は、部屋の外に出ると遠藤さんのケイタイにすぐに電話をし、平瀬町長の伝言を伝えました。そして私は遠藤局長にこう助言したのです。『明日、平瀬町長に会ったら、まず謝ってくれ、そして平瀬町長に怒られて来い』。と、助言したのです。遠藤さんは電話で何度も私に礼を言っていました。そして私は西岡先生と平瀬町長にお礼を言って、西岡事務所を出たのです。 

翌々日、遠藤局長からケイタイに電話があり『中山さん有り難う。平瀬町長に怒られてきた、その後は町長の態度が可也軟化して、なんとか場外売り場の開設は予定通り運びそうだ。』と喜んでいました。遠藤さんは『中山さんに御礼ばしたかけど、大村ボートとしては、あんたに御礼はできんけん、何か考えんばいかんね』と、言ってくれたのです。それが遠藤さんとの最初の約束でした。 
それから遠藤さんとは、あまり会う機会もなく約束もそのままに時だけが過ぎて行きました。 

 ところが昨年の5月頃、遠藤さんから突然に連絡があり、『某民族団体を知っているか』と聞いてきました。私が『知っていると』答えると、遠藤局長がどんな団体かと聞くので『10年以上前から民族団体として活躍してる』ことを教えました。遠藤局長は『分かった、また何かあったら連絡する』と言って電話を切ったのです。私は気になったので、某民族団体に連絡をとって、団体の代表に『大村ボートで何かあったのか?』と尋ねたら代表は『何で大村ボートの事を知ってるのか?』と逆に質問されたので、私は『遠藤局長を前から知っていて、問い合わせがあったことを教えてやりました。』すると団体代表は『中山さん、松本市長の側近で福田茂って、知ってるか』と、聞いてきたのです。私は名前に記憶もなかったので、知らないと答えました。『じゃ~㈲エフネットプランニングって会社は知ってるか』と聞かれたので、『そんな名前の会社も知らない』と答えたのです。私がその福田って人がどうかしたのかって聞くと、団体代表は『松本市長に絡む大村ボートの不正な資金の流れがある』と驚くような内容の話をしてきたのです。当時、遠藤局長とお互いに質問状と回答書(4枚添付)をやり取りしている事実だけを教えてくれたのです。 

内容に関しては遠藤さんも何も言わないし、団体も何も言ってこなかったので、その事を私は忘れてしまっていたのです。 
大村ボートでSGというビックレースがある事は聞いていました。しかし、私はいつから開催されるのか、何も知りませんでした。ところが、昨年の7月頃、参議院選挙告示の何日か前でした。遠藤局長からケイタイに連絡があり、『中山さん、この人達(民族団体の人達)はSGレースば潰す気やろうか』と、いきなり私に噛み付いてきました。私は何の事かサッパリ意味が分からんでいると、今、ボート場の周辺ば昨日から右翼の黒い車が走りよる。明後日からSGレースが開催するとに、東京からも偉い人達の来る、このままではSGレースが開催できんごとなる。と私に泣きついてきたのです。

遠藤局長と私の約束というのは、ちょうど同じ頃(平成18年6月頃)大村市は大村ボートの場外船券売り場(ボートピア時津)を時津町に計画中でした。

時津町議会では船券売り場開設に反対議員が多く、100条委員会まで設置され、町側は1票差で否決した経緯があり、時津町の平瀬町長はギャンブル場を誘致した町長として苦しい立場にありました。にも拘わらず当事者である大村市の松本市長は6月市議会の一般質問で時津町の船券売り場が時津町議会の100委員会で糾弾されている件を質問された松本市長は、自らの9月の市長選挙を意識して、時津町の場外船券売り場開設に否定的な答弁をしたのです。 

時津町の平瀬町長にしてみれば、100条委員会までかけられて闘って船券売り場を誘致したのに、いくら市長選挙が控えているといえども松本市長の答弁は平瀬町長に対する背信であり裏切り行為でした。 

当然、それを知った平瀬町長の怒りは治まらず、場外船券売り場の中止の可能性を遠藤局長に通知していました。遠藤局長も相当に困惑していたようです。私が平瀬町長と偶然に長崎空港で会い、100条委員会の苦労を労ったところ、平瀬町長から上記の経緯を私に説明されて『船券売り場の中止の可能性』を示唆したのです。 

平瀬町長の怒りは御尤もでした。平瀬町長にすれば2階に上げられて梯子を外されたような心境だったんでしょう。そこで私が遠藤局長に連絡すると、『船券売り場の中止の可能性』を認めました。遠藤局長は私がそのことを知っている事に驚いていました。そのことは当事者しか知らない事実だったようです。 

私が遠藤局長に長崎空港で平瀬町長本人から聞いたと答えると、『中山さんは平瀬町長を知っているのか』と聞いてきました。私が知っていると答えると、遠藤局長は『中山さんからも何とか平瀬町長に思い直すように御願いしてくれないか』と必死に頼んできたのです。 
平瀬町長も私も東京行きの同じ便でしたから、搭乗時間までの間、搭乗口で立ち話しをしましたが、その時の平瀬町長の松本市長に対する不信感、怒りは相当なものでした。 

私が遠藤局長にそのことを伝えると、電話の向こうで遠藤局長は頷いていました。それでも遠藤局長は『中山さん、何とか平瀬町長を説得してもらえないかと必死でした』私も今すぐには無理だけど、東京から帰ってから時津町に平瀬町長を訪ねて、遠藤局長の思いはキチンと伝えると約束をしました。 

ところが、縁は奇なものというか、遠藤局長の執念が実を結んだというか、その日の夕方、東京の参議院会館の西岡武夫先生の事務所で平瀬町長と偶然に再会したのです。私の次に西岡先生と約束をしていたのが平瀬町長だったのです。約束の時間よりも少し早く来た平瀬町長が私を見て驚いたのは言うまでもありません。私も驚きました。長崎空港での経緯を聞いた西岡先生も驚いていました。西岡先生は平瀬町長に『中山君がそこまで頼んでいるんだから一度、大村市と話をしてみたらどうか』と、助言してくれたのです。 

そしたら、平瀬町長は『中山さんは遠藤局長は昔から知ってるのか?』と聞いてきたので、私が昔から知ってるし、遠藤局長のボートピアにかける思いなどを話すと、平瀬町長は『私も遠藤さんの人柄には好感を持ってるし熱意には感心している。と言ってくれたのです。

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第9回目)                                                                                                        

                           中山洋二 

私は遠藤謙二氏が成仏するためにも、今回、この確認書を認めています。今後も私なりに色んな事を検証し精査して行きたいと思っております。大村ボート建設工事を『新政策調査会』の利権にしてはならないと私に語ったのは遠藤謙二氏でした。また、心ない利権屋どもに強い怒りを露にしていたのも遠藤謙二氏でした。 

長い文になりなしたが、これは遠藤謙二氏への追悼文でもあります。貴方が9年前に市長に再選してから、遠藤謙二が大村ボートの所長に左遷されてからの出来事を私なりに回想し、更に確認したくて認めてみたものです。 
 9年の間には私の記憶違い、勘違い、間違いもあろうかと思量いたします。もし記憶違い、間違い、勘違い等で松本市長に迷惑を与える事だけは避けねばならないことも含意しています。ただ、世の中の不条理は糺さなければならないと私は信じています。貴方にとって面倒な事でしょうけど、私には大事な記憶だし、正義なのです。 

また、私の思い出の品は現在の奉納場所を案外気に入っています。ただ大村市議会への行幸も満更でもないと思う、今日この頃でもあります。お忙しいことは重々に承知しています。また面倒でもありましょうけど、今回の確認書を十分に検証。精査してください。その通りであればその通り、間違いであれば間違い、勘違いは勘違い、と後日のためにも、また社会的通念からも書面で回答してください。また、ここはこう記憶してる、と指摘してくだされば、私の記憶と比べることも可能だと思量致しております。 

ただ、何の回答も無い場合は私の記憶が正しかったと解釈させて頂くことになります。 
また、今後の松本市長のご多幸と更なる発展を心から祈念する者でもあります。 
尚、最後に言わせて頂ければ私は貴方の『不屈魂』に敬意を表す者の一人で有りたいと思っていることも御記憶して下さい。そのことも確認し記しておきます。 

敬具

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第8回目)                                                                                                        

                           中山洋二 

最終的に私が悩みから開放されたのhT会長、遠藤局長、大村市役所の橋口理事などの優しい顔が浮かんだのも事実です。 

選挙後、大村市役所の橋口理事の取り計らいで、大村市役所の市長室で貴方と二人きりで会談し、私なりに貴方に対する誤解を解いたつもりです。正直言って現在でも大村市の大物から市議会で『黒い市長と暴力団会長の関係』を暴き、『健全で明るい大村市』の発展のために市議会に借用書を証拠として提出し、証言をしてくれないかと請願されたのも事実です。私も元々の性格が調子者ですから一度は市議会でスピーチしてみたいと思ったことも事実です。 

それは松本市長の政治的スタンスが親金子・親谷川であるのに反して、私の政治的スタンスが一貫して反金子、嫌谷川ということと、無関係ではないでしょう。 
ただ、大村市出身で解体工事業を経営しているN氏が、数年前に松本市長の500万円の借用書の件を水田会長の周辺者から相談されていて、その時に松本市長の借用書を拝見したのは事実のようです、が、N氏は拝見しただけで借用書のコピーは入手しておりません。あくまでも拝見してるだけです。 

最近、大村ボートの建て替えだ、駅前の再開発だと、少々大村市が賑わっている関係からか、N氏が私のところに交渉にきていたのは事実です。N氏は松本市長の実兄である松本晃氏が主催する仲良し集団『新政策調査会』の構成員でもあり、松本晃氏に恩を売り、『新政策調査会』の甘い蜜の中枢に入りたいとの思惑が見え隠れしていたのも事実です。 

確かに、今回、大村ボートの新築工事の実施設計を受注している㈱梓設計等は松本晃氏の『新政策調査会』の構成員です。同じ『新政策調査会』の幹部である長崎市内で政商として名高い㈱橋本商会と松本晃氏が市長のところから遠藤局長のところに連絡させて、㈱梓設計に不正に受注させようと工作している事実を亡くなる前の遠藤局長から聞かされて知っております。 
今回の大村ボートの新築(リニューアルオープン)を遠藤局長は楽しみにしていました。また、大村ボートの再建で一番の功労者が遠藤謙二氏だということは誰もが認めている衆目の一致するところです。その遠藤局長の人事をしたのが貴方だということも事実です。私は遠藤局長の大村ボート再建への熱い思いを何度も聞かされていました。また、それが実現するように、私なりに大村ボートの発展に微力ながらも尽力したと自負もしております。 

最近、大村ボート事業局の新しい局長に諫早市のガス屋の社長で『新政策調査会』の幹部でもある栗林氏の推薦もあり田中氏に決まったと聞き及んでおります。そんなことから遠藤謙二氏の逝去を私なりに回想してみると『死んでも死にきれん!』との無念の思いだったんではないでしょうか。 

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第7回目)                                                                                                        

                           中山洋二 

T会長は『お金は自分が用意するから借用書を何とか買い戻してくれ』と松本市長の前で私に頼んだわけです。 
T会長の隣のソファーに座っていた松本市長も私に必死に懇願していました。 
T会長はすぐに500万円を用意するから、早々に水田会長から借用書を回収してくれないかと、私に依頼したわけです。 

2日後に水田会長から連絡があり、今日、神戸から帰ってきたので、残りを済ませて貰えないだろうか、との催促でした。私がT会長に連絡を取ると、T会長は「金は用意しているから取りに来てくれ」との事でした。私は長崎市内から友人が運転する車で大村市古賀島のA不動産に金を取りに行き、そのまま、水田会長の長崎市内風頭町にある事務所に出向き、水田会長に残りの300万円を渡し、私が立て替えていた200万と併せて水田会長には500万円の受取書を書いて頂きました。 

その水田会長の500万円の受取書と、500万円の松本市長の借用書を松本市長と富永会長が待つ大村市古賀島のA不動産の事務所まで持って行き松本市長の目の前でT会長に渡したのです。 

T会長は松本市長の目の前で500万円の借用書をポケットに収め、受取書は破いてゴミ箱に捨てましたが、それも私が後からゴミ箱から回収して破れを繋ぎ合わせて思い出の品として大事に保管してあります。 
借用書は本書もカラーコピーもほとんど見分けがつかないほどで鮮明で、正直言ってどちらが本物か私も見分けがつかないほどでした。T会長に渡したほうがカラーコピーです。 

そういう訳で、松本市長の500万円の借用書はT会長のところのカラーコピーと私のところにある本書と2枚が思い出の品として保管されている訳です。ただ、水田会長の破かれた500万円の受取書は、修復して現在でも水田会長への敬意を表して、またT会長の手柄の証として私が長崎で霊験があり、安心、安全だと信仰している神聖な場所に奉納しているのです。 
ところが最近、何処でどう聞きつけたのか、福岡のブラックジャーナル等、邪悪な勢力が暴力団と松本市長の借用書の件で、私に接触してきていますが、私は神様以外は信用しない事にしております。ましてブラックで邪悪な連中など論外です。 

昨年(平成23年10月)の大村市の市長選挙の時には松本市長の借用書のコピーでもいいから手に入らないか、と、私に言ってきた大村市の大物がいました。私自身、松本市長に対する誤解から一度は大村市民と日刊セイケイの読者に公開し、社会正義を貫きたいという思いに悩んだのも事実でした。、長崎大学病院に入院する前の遠藤謙二氏から『一度市長と会って話をしてみたらどうか』と、説得されて、借用書の公表を思い止まったのです。昨年の市長選での里脇清隆候補の終盤の追い上げを思うと、貴方の運の強さには感服するばかりです。 

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第6回目)                                                                                                        

                           中山洋二 

T会長は『今、市長が暴力団から借金した事実が公にでもなれば松本市長は完全に終わる。今、一生懸命選挙運動している最中で雰囲気も盛り上がって来てるところなのに、こんな暴力団会長からの借用書のコピーでも市内に出回ればアウトだ。いくら松本市長が選挙に強くても負ける。野口が喜ぶだけだ!』とため息をつき、市長も何てことしてくれたんだ、と、T会長もタメ息をついていました。 


T会長は私に『中山君、この水田さんという人は間違いなく暴力団の親分なのか』と確認したので、私は間違いなくヤクザの親分だと答えました。 
水田元久氏は平成19年4月、伊藤一長長崎市長を射殺した犯人の城尾哲弥の親分で、城尾は水田元久氏が会長を務める水心会の最高幹部でした。それで水田会長は市長射殺事件の責任を取り、平成19年4月、ヤクザ社会から引退したのです。この頃はバリバリの暴力団の会長でした。 
  
 事態の深刻さを十分に認識したT会長は松本市長と早急に連絡を取り、T会長が松本市長に事情を説明すると、松本市長は後援会のミニ集会を早めに切り上げて古賀島のT会長が経営するA不動産の事務所に慌てて素っ飛んで来ました。 
T会長が松本市長に500万円の借用書を見せると、さすがに松本市長も観念した様子でした。松本市長は水田会長とは詐欺師の石橋の紹介で長崎市内のホテルで会い、水田会長から500万円借金したことを正直に認めたのです。ただ、水田会長は紳士的な人物だったし、とても暴力団の親分には見えなかったし、会社経営者だとばかり思っていた。と釈明し、ヤクザの親分とは全く知らなかったと何度も繰り返し、釈明していました。 


 現役の市長が反社会的勢力である暴力団会長から借金をした事実は知っていようが知っていまいが、明らかに市長として大村市民への背信であり背徳行為でもあるからです。市長失格と断言できる重大な事件でした。 
 事態の深刻さに驚いている松本市長はT会長と私に『何とか借用書を買い戻せないだろうか』と懇願しました。 
T会長も私に『何とか水田会長から穏便に借用書を買い戻してくれるよう』松本市長と一緒になって依頼したわけです。 


私は松本市長に対しては詐欺師の石橋との黒い関係の事実の証拠を目の前にして、裏切られたとの思いが強く不愉快でした。私には松本市長を助ける義理も筋合いもありませんでした。ただT会長には義理もあったし恩義もありました。また、今年3月2日に殉職した大村ボート事業局の遠藤謙二局長との約束もあったのです。 
T会長と遠藤局長との義理もあり私はこのハレンチで不愉快な事件を黙殺し、穏便に収めることに協力をしたのです。

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第5回目) 

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そこで、私は水田会長に、今すぐに返事はできない、それに事実確認をする必要もあるので借用書のコピーでも私に預けてもらえないか、と頼んだところ、水田会長は『俺は今から神戸に2~3日行くんで金がいる、200万だけでも今日中に用意できないか、その代わり中山君を信用して500万円の借用書の本書を渡すから』と提案してきました。 
水田会長は更に言葉を続け『松本市長とは石橋を通して色々な約束をしたが、石橋も死んでしまったことだし、元金だけでも返してくれれば、あとは中山君、あんたに任せるよ』と言ったのです。 


そこまで言われれば私も即断しないわけにもいかず、松本市長の500万円の借用書の本書と引き換えに、私は妻に用意させた200万円を取り敢えず水田会長に渡し、残りの金額は早急に用意するとの確約をし、私は水田会長に500万円の借用書の預かりを認めて渡しました。それと引き換えに水田会長も私に200万円の領収書を書いてくれました。水田会長の領収書と松本市長の500万円の借用書は私の大事な思い出の品として現在も私が信頼する会社経営者の家の某所に保管してあります。T会長が保管している松本市長の500万円の借用書は本物そっくりのカラーコピーです。 
ここで問題なのは借用書がカラーコピーか本物かではなく、大村市の市長が反社会的な暴力団の会長から500万円もの大金を借用した反社会的な事実なのです。 

その後、私は2回ほど逮捕され家宅捜査を受けておりますので、大事な思い出の品等は他所で保管しとくという私の判断が正しかったことを見事に証明したのです。 
私は水田会長と別れると、借用書をカラーでコピーし、本書は事務所の私の机の引き出しに丁寧に保管しました。 
私は松本市長の500万円の借用書のカラーコピーだけを持って㈱F興産のT会長が待つ大村市に直行しました。 
松本市長の側近で私も松本市長も信頼するF興産のT会長が経営する大村市古賀島のA不動産の事務所でT会長と会う約束をしていたからです。 


T会長は松本市長が平成6年に収賄罪で逮捕された時の賄の罪で逮捕された会社経営者です。松本市長とは家も近所で古くからの知り合いでもあり、松本市長とは信頼関係のある人物として大村市では知られた人物です。 
また、私が大村市で一番信頼する人物でもあります。 
富永会長に会うとすぐに松本市長の500万円の借用書を渡しました。T会長はとても驚き困惑していました。 
私は富永会長には借用書がカラーコピーだということは説明しませんでした。

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私は6月23日(月)、大村市長・松本崇 殿 に下記の通りの通知書を長崎市中央郵便局から内容証明書で送付してきた。 

松本市長の多選弊害もそれはそれで問題だが、もっと重大な問題が平成18年9月に発覚した松本市長の暴力団会長からの500万円借入問題である。 
あれから8年、もういい加減にしろと言いたい。 


平成26年6月23日 
長崎県大村市玖島1丁目25番地 
大村市長・松本崇 殿 
                    長崎市小曾根1番地14号 
                         中 山 洋 二                                通 知 書  

平成23日6月21日、私が貴殿に配達証明で送付した「確認書の一部を改訂しましたことを通知します」(故・遠藤謙二さんを偲んで)を通知してから3年が経過しました。 

確認書の内容について貴殿から何の反論も無かったということは概ね私の記憶通りだったと再確認致しております。 
確認書3ページに記している詐欺師の石橋昭と暴力団・山口組系水心会会長・水田元久氏との【借用書・金500万円、貸主・水田元久 殿、借主・松本崇】の借金問題も現職の市長として絶対にあってはならないことでした。あれから約8年が経ちます。貴殿は今秋に行われる大村市長選に通算6期目を目指して出馬すると聞き及んでおります。今の貴殿を見ていると、まさに多選弊害そのものだと言っても過言ではありません。私が指摘している貴殿の嫁のマツモト フミコ様の東京行きの日程及び見積もりを㈱日生ツーリストが大村市役所の秘書課に請求すること自体が公私混同であり、多選弊害そのものです。 
私は貴殿が大村市の市長として詐欺師のまま殺された石橋昭と暴力団会長から500万円借りた経緯がどうしても許すことができません。 

 

 

 

今後、私は社会正義のため、大村市民のためにもこの破廉恥な問題を公表することを通知致します。

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第4回目) 

                                                                                                                     中山洋二  

 

【借用書:水田元久殿、金、500万円を借用いたしました。借用人:松本 崇】 

私は我が目を疑いました。有りえないだろうというのが、私のその時の率直な感想でした。 
 そこで、私が水田会長に、松本市長との関係を尋ねたところ、水田会長は『殺された石橋昭に紹介された』と、正直に答えてくれました。やはり貴方と石橋昭との関係が噂だけではなく、反社会的勢力まで巻き込んだ黒い関係だった事実を知った瞬間でした。 

 私が、水田会長に『500万円は本人に直接に渡したんですか、それとも石橋昭に渡したんですか?』と更に尋ねますと、水田会長は『石橋が同席して松本市長本人に直接渡した』と、驚きの内容を証言してくれたのです。 
そこで私は水田会長に『松本市長は水田会長が何者か、山口組の直系の組長と知って借金を申し込んだんですか?』と尋ねると、『当然だろう、石橋から聞かされて知っていた。外にも市長選挙の時に三菱重工の労働組合の有川も俺が紹介してやったんだよ』。と、更に驚くような証言をしたのです。 


 因みに、平成11年春頃、石橋が経営していて倒産した『情報処理専門学校』の債権絡みの件で、石橋に頼まれて水田会長を石橋に引き合わせたのも恥ずかしながら私でした。まさに負の連鎖は繋がり私が知らないところで私を巻き込んで確実に負に向かって動いていたのです。 
その時、私が思ったのはこれで松本市長も完全に終わったな。再選はないなと残念に思ったのを鮮明に記憶しています。 
平成18年の大村市長選挙には前県議会議員で若い野口健司氏が走る市長として若さを武器に立候補を表明し、激しく追い上げているとの情報が大村市から伝えられていたからです。 

 そんな時、現役の市長が反社会的な勢力と食事をしただけでも政治家として致命的なのに、暴力団の会長から500万円もの大金を借用し、借用書に暴力団会長と市長の実名と実印が記されていたら完全にアウトです。あの時に表沙汰になっていれば暴力団の会長から500万円を借りた『黒い市長』として、スキャンダラスなトップニュースとして大村市民が知ることとなり、2期目の再選どころか松本家の政治生命は終わっていたでしょう。 

 そこで私が水田会長に『ところで会長はこの松本市長の借用書をどのようにする御積りですか?』と尋ねたところ、水田会長は『俺は500万を返金してもらえればそれでいい、野口健司の応援団(宅島建設と具体的な名前を挙げる)の方に松本市長の借用書を売ってもいいが、元々が石橋昭もあんたの紹介だったし、中山君に任せるよ』と言ったのです。 
ようするに松本市長の500万円の借用書を買い取ってくれないかと言ってると私は解釈したのです。 

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第3回目) 

                                                                                                                     中山洋二  

その頃、詐欺師の石橋が貴方や貴方の新しい嫁さんに納まっていたマツモト フミコ様に嘘八百を並べて巧妙に近寄り、ボートピア事業(時津町・長崎市・波佐見町)への利権話を持ちかけて高価な時計やら骨董品を貴方の家に運んだのを長崎市の大手ゼネコンの常務をしていたA氏から、その事実を知らされた時はさすがに寂しく感じたのを記憶しております。 

それらの品が私の長崎建設企業組合の資金を不正に流用して購入した事実もその後の石橋殺人事件の捜査で判明しています。 
そういえば、その頃、『長崎市大波止町にある旧プラザホテル(㈱三基・所有)にボートピア開設の計画があるから行ってくれないか』と松本市長に命令されて現場に行ったら、『石橋氏が同席していたのには驚いた。』と今年3月2日に亡くなった遠藤謙二氏から聞かされたときには正直言って驚いたのを記憶したのと同時に、妙に納得した事も記憶しております。 
また、遠藤謙二氏が『市長は詐欺師の石橋昭に何か弱みでも握られ取ったとやろうか?』とポツリと言ったのを昨日の事のように記憶しています。 

私は平成15年10月24日、石橋昭殺人事件の傷害致死教唆で逮捕されました。実際は教唆の事実はなく、石橋の会社の場所を実行犯に教えたとして、幇助の罪で懲役1年執行猶予2年の判決を受けております。 


私が逮捕された平成15年10月、警察の取調中に松本市長と石橋昭の関係を色々と聞かれましたが、私はその時は何も知らなかったし、答えられませんでした。事実、石橋昭と松本家の関係を私は何も知りませんでした。逆に警察から私が知らない貴方(松本家)と石橋の関係を教えて頂いたくらいです。それでも私は噂の域を超えないものとして、どんなにハレンチな事実でも甘受していました。既に死んでしまった石橋昭には関心もなかったし、そのことをそれ程、重大には捉えておりませんでした。それよりも私は石橋事件の後遺症が癒えないで大変な日々を過ごしていました。一日も早い再起に一生懸命だったのです。 

その後、平成18年9月、貴方が市長として2期目の再選を目指して準備していたちょうどその頃、広域指定暴力団五代目山口組直系組長で長崎市内に本拠を構えていた『水心会』の水田元久会長から私のケイタイに大事な話があるので会いたい、と数年ぶりに連絡がありました。そしてその日に小曽根町の私の事務所で会ったのです。水田会長は席に着くなり一枚の借用書を私に差し出しました。それは【水田元久殿、金、500万円を借用いたしました。借用人・松本崇】と貴方の直筆で記されて、松本崇の実印が朱で鮮明に押印されてある松本崇大村市長・貴方の500万円の借用書でした。 

 


 

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※平成23年6月21日  大村市長 松本 崇 殿への通知書 (第2回目) 

                                                                                                                  中山洋二                       

思えば月日が経つのは早いものです。平成14年9月に貴方が大村市長に再選して9年近くの年月が経とうとしております。 

そもそも私と貴方との出会いは平成7年、当時まだプリンスホテルのオーナーでもあり、日本の政界、経済界を震撼させた住専問題の大口借り手でもあった不動産会社『三正』社長で長崎出身でもある満井忠男氏(朝鮮総連本部ビルの売却に絡む詐欺事件で有罪判決(懲役5年)現在控訴中)と貴方との8000万円(借主は故・松本敬子さんでした)の借金問題が縁でした。私は満井さん側から債権回収を依頼されていたのです。 

 

出会いはどうあれ縁とは不思議なものです。
 
平成14年、晴れて公民権停止が解け、貴方は大村市の市長へ返り咲きに執念を燃やしていました。貴方のリベンジを果たさせてやりたくて、私なりに一生懸命に応援したものです。現職の市長で3期目を目指していた甲斐田邦彦氏を、これでもか、これでもかと『日刊セイケイ』で厳しく糾弾したのを昨日のことのように懐かしいと思うと同時に、感慨深いものがあります。 

歌手の山本譲二を呼んだり、参議院だった桜井新先生を呼んだり、私なりに貴方に勝って欲しい一念でした。 
後で聞いた話では私がすることを全て妨害していたのが石橋昭だったと貴方の関係者や遠藤謙二氏から教えていただきました。 
しかし貴方はそれを一言も私に教えてくれませんでした。
 
私が日刊セイケイで甲斐田市長を糾弾している時に『前科者の松本が当選できる訳がない。それよりも高田県政時代に甲斐田氏とは面識があるので、甲斐田氏を応援して利権しよう。金にもならない松本なんて応援するのはやめてくれ。』と、言っていた卑劣な人間が石橋昭という男でした。そんな石橋の奸言を一蹴し、最後まで甲斐田氏を糾弾しました。今、思うと私はピエロだったんでしょうか。 

それでも、こうして大村市の市長として貴方が3期目を迎えたことを嬉しく思っております。ただ、反面、複雑な心境であることも事実であります。 

平成15年9月1日、長崎市内のマンションで殺害された石橋昭を貴方に紹介したのは私でした。貴方はまだ公民権停止中で、長崎駅前の県営バスセンター地下で宅建資格や各種の塾・教室(長崎メディカルセンター)を経営していた頃の平成13年の春です。 

石橋は私が主宰している『日刊セイケイ』でホームページの更新を担当していましたが、その後、私が実質的なオーナーだった長崎建設企業の経理も担当するようになりました。
 
ところが平成14年6月に石橋の使い込み等、多額の使途不明金と放漫経営が原因で長崎建設企業組合は倒産いたしました。当然、私の監督責任も痛感しております。そんな経緯から私が石橋を人間として信用してなかったのは貴方も知っていたし、公然の事実でした。

平成23年6月21日 
大村市長松本崇 殿 
                                                                                    

                                                                                中山洋二

 
                    通 知 書 

故・遠藤謙二さんを偲んで。 

IMG_7933.jpg拝啓、梅雨がうっとうしい折から、梅雨明けを待つのも気が疲れる今日この頃、松本崇市長には如何お過ごしでしょうか。どうぞ十分にご摂生し御体にはくれぐれも御自愛ください。 
そして、御子息・洋介氏の県議会議員当選、心から御喜び申し上げます。 
また、松本市長が上梓した『不屈魂』を私は昨年12月、長崎拘置所で拘置中に友人からの差し入れで、貴方も220日を過ごした白鳥町の独房で拝読させていただきました。感無量の思いでした。また、大村市モーターボート競争事業・管理者・遠藤謙二氏が逝去されたことには心からご冥福を祈るばかりです。 
 少々、長い文になりますが、最後まで読んでくだされば、それが遠藤謙二氏の供養にもなると信じて誠心誠意、真実を記述させて頂きます。 



 

私は止むに止まれぬ思いで 平成23年6月21日、大村市長・松本崇 殿 宛てに、「故遠藤謙二さんを偲んで」。という確認書を郵便局の配達証明で通知している。 
 
まさに止むに止まれぬ事情からである。 
 

≪急告≫ 建設業界の皆様へ

下記のような投稿が寄せられている。㈱H建設といへば五島市富江を本拠にしていた、谷川弥一を支援している建設会社であったと記憶している。その谷川弥一が平成11年から6年近く毎月10万円の資金を暴力団に支払っていた事実は仲介者の証言者と目撃者まで証言している。谷川建設の伝書鳩がMさんだということも有名である。親が親なら子も子とはよく言ったもんである。こんな企業がゴロツキどもと組んで長崎県の公共工事を牛耳る現況を許すことはできない。 
県政を監視する会の投稿を検証した結果、由々しき問題を含んでいる。ここは社会正義の観点から敢て県政を監視する会の投稿を掲載する。 
 

悪徳ゼネコン日本メックス

投稿者 = 下剋上大好き 

全国規模の中堅ゼネコンの日本メックスが大分県で派手に叩かれている。 
10年以上近くも工事代金を支払わずに、その発注者であるNTTも加担しているらしい。 

明治天皇崩御百年!

投稿者=平成維新

詐欺だった民主党による政権交代、この3年間で日本は完全に溶解している。今こそ、明治天皇の教育勅語、明治維新に学ぶべきであります。
西村眞悟さんが良いことを書いてます。是非、多くの日本人に読んで頂きたいです。合掌!
http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi(西村眞悟) 
 
本年七月三十日は、明治天皇が崩御されて百年にあたる。
 崩御は、明治四十五年七月三十日。
 御大葬は、年号変わって、大正元年九月十三日である。
 そして、この日、陸軍大将乃木希典および夫人静子、殉死。

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